大阪雅楽会のお知らせ

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    教務部儀式 大阪教会雅楽会 

     

    世界無形文化遺産に登録されている 

    悠久の調べ雅楽を始めませんか! 

    むずかしくはありませんよ 

    どなたでも参加出来ます 

    お待ちしております。

    (※写真は昨年の大阪天満宮万灯行進宮入奉納)

     

    2019年行事日程

     

    3月3日(日)10〜15時 

    3月9日(土)10〜15時 

    3月23日(土)10〜17時 本部講師の指導 

    3月24日(日) 9〜15時 本部講師の指導

    3月31日(日)10〜15時

    4月13日(土)10〜15時

    4月14日(日)10〜15時

    4月21日(日)10〜15時

    4月28日(日)10〜15時 

     

    ※都合により日時の変更をする場合があります。確認の上参加してください。練習場所は1階黒板をご覧ください。担当:田(孝)

     


    2019年3月 松本教会長のことば

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       3月の松本教会長のことば

       

       皆さん、こんにちは。

      少しずつ暖かい日が増えてまいりましたが、まだまだ朝夕は冷え込む日がございます。季節の変わり目は体調を崩しやすいので、お互いさま健康管理に気をつけて過ごして参りましょう。

       

       さて、今月5日には、教団創立81周年の記念日を迎えます。その尊い月に、会長先生から「自他の幸せを願う心」というテーマでご法話を頂戴しました。そこから本会創立の精神を改めて教えて下さっていると受けとめさせていただきます。

       

       会長先生は「私たちはみな、だれもが、自分や家族の幸せを願っています。そして、同時に他人の幸せを願う心も、私たちは持ち合わせています。」とお示しくださいました。家族と言えども、自分以外は他人ですが、少なくても家族の幸せを願う心は誰でも持っています。ましてや、佼成会に縁をいただく私たちは世のため、人のために役に立ちたい、多くの人に幸せになってほしいという願いを強く持っています。

       

       そういう人は「仏の子なので、人びとの苦しみを除き、災難から救って、安楽な気持ちにしてあげられる」と「無量義経十功徳品」の一節を引用され教えてくださいました。佼成会の教えをいただく私たちは「仏の子なのだ」「人を教えによって幸せに導いてあげることができるのだ」という自覚を本会創立の月に新たにしたいものです。

       

       佼成会では、よく「入会者即布教者」と言いますが、入会したての方は「初心者の私が仏さまの教えなんて人さまにお伝えすることなどできない」と思われている方が多くいるのではないでしょうか。しかし会長先生は「自分がまだ迷いから抜けだすことができていなくても、仏の教えを聞いた人は苦しむ人たちを救うことができる」と経典にはっきり示されていると教えてくださっています。

       

       これは、私たちは未熟であっても、教えが絶対のもので尊いのだから、教えの縁につなげてあげさえすれば、つまり、佼成会にお導きさえすれば、あとは仏さまの力、法の力、サンガの力、そしてその人自身の仏性の力で救われていくということです。ですから私たちは安心してお導きをさせていただけばよいのです。

       

       会長先生は最後に、人さまをお導きさせていただく菩薩行実践の中にこの教えはあり、だからこそ、相手を思いやる姿勢に徹する人は「生きた経典」となり得ると説かれます。立正佼成会とは、菩薩行に徹する中で一人ひとりが「生きた経典」になっていく会とも言えましょう。お互いさま、今月は創立の原点に立ち返り、菩薩行実践を通して「生きた経典」に少しでも近づけるよう精進して参りたいと存じます。 合掌


      2019年3月 会長先生法話

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        ※3月1日朔日参り(布薩の日)式典にて大阪教会松本教会長より教団月刊誌「佼成」3月号『会長法話』から今月の信仰生活の指針を頂きます。

         

        会長法話    

         

        自他の幸せを願う心   

                      

                      庭野日鑛 立正佼成会会長

         

        「仏 の 子」だ か ら こ そ

         

         私たちはみな、だれもが、自分や家族の幸せを願っています。そして、同時に他人の幸せを願う心も、私たちは持ち合わせています。

         

         無量義経に「汝等今者真に是れ仏子なり。弘き大慈大悲をもって深く能く苦を抜き厄を救う者なり」(十功徳品)とあります。私たちは「広大な慈悲の心をもって人びとの苦しみを除き、災難から救ってあげることができる」とういのです。みなさんには、その自覚があるでしょうか。

         

         あらためて先の経文を見ると、いまの一節の前に「あなたがたは、まさに仏の子です」という言葉がみられます。つまり、「仏の子なので、人びとの苦しみを除き、災難から救って、安楽な気持ちにしてあげられる」というのです。すると、私たちに「仏の子」という自覚があるかないかが大事になりそうですが、実際にそのような自覚をもって人とふれあっている人は少ないかもしれません。

         

         ただ、たとえば「私たちの命は本来、無常であり、無我なのだ」ということがわかったら、その人は「仏の子」だと思うのです。三法印(諸行無常、諸法無我、涅槃寂静)について自ら学んだり、あるいは人から聞いたりして、「ほんとうのそうだな」と胸に落ちるのは、「仏の子」だからです。

         

         「初発心時、便成正覚(初めて発心するとき、すなわち正覚を成ず)」(華厳経)の一句が示すように、「仏の教えの入り口に立ったとき、その人はすでに仏の悟りの一部をつかんでいる」といわれます。ですから、少しでも「ものごとは変化してやまないのだ」とか、「みんな仏性のあらわれで、この世のすべてが大調和している」と気づいたならば、それは「仏の子」の自覚に違いなく、その人は自他の幸せを願い、周囲に幸せを運ぶ菩薩の一人といえるのです。

         

        生 き た 経 典 と し て

         

         佼成会では、「入会者即布教者」といいます。一般的な考えでは、仏の教えにふれたばかりの初心者が、人にご法を伝えることなどできない、というのがふつうです。ところが、経典には「自分がまだ迷いから抜けだすことができていなくても、仏の教えを聞いた人は苦しむ人たちを救うことができる」と、はっきり示されています。

         

         たとえば、友人に強い怒りを抱いていた人が、仏の教えを聞いて「その怒りは、友人を自分の思いどおりにしたいという利己心が原因だった」と内省したとしましょう。そして、そことで和やかな関係をとり戻した体験談を、人を恨み続けて苦しんでいる人に話したとき、「私もそのような見方、受けとめ方を身につけたい。気持ちを楽にして、幸せになりたい」と思わせる力がそこにあるのです。

         

         なぜなら、たとえ自分はまだまだ未熟でも、仏の教えが真理にかなっているからです。そして、だれもが人と調和したいと願っているからです。だからこそ、仏の教えを聞いて得た気づきや感動を素直に話すだけで、「私もこの人のように明るく、素直な心で日々をすごしたい」という願いや、「苦悩する人に寄り添って、幸せになる喜びをともに味わいたい」という利他の心をも発さしめるのでしょう。

         

         経典にはまた、「この教えは人びとが菩薩行を実践するところにある」とあります。いきいきと明るく生きる自分の姿をとおして、苦悩に沈む人の心に真理の光を届け、安らかな人生に導いていく「一切衆生の良福田」、すなわち幸せを生みだす一人ひとりになっていきたいと思います。

         

         その意味で私たちは、いつでも、だれにも、「明るく、優しく、温かく」の姿勢を忘れないことです。経文を上手に説明できなくても、相手を思いやる姿勢に徹する人は、自他に幸せを運ぶ「生きた経典」となり得るのです。 

                 


        2019年3月 教会主要行事

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          3月の大阪教会主要行事

           

          1日(金)9:00〜 朔日参り 布薩の日

                     (夜間ご命日:各支部)

           

          4日(月)9:00〜 開祖さまご命日・ミニ説法

           

          5日(火)9:00〜 教団創立記念式典

                     〜本部よりインターネット中継〜

           

          10日(日)9:00〜 脇祖さまご命日 

                      政治学習会(渉外部)

           

          15日(金)9:00〜 釈迦牟尼仏ご命日 

                      無量義経説法品第二拝読

           

          21日(木)9:00〜 春季彼岸会

           

          22日(金)9:00〜 一斉布教デー

           

          ※家庭修養日:2日(土)・6日(水)・11(月)・

                 16日(土)・26日(火)

           館内整備日:17日(日)・27日(水


          編集者コメント4

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            大阪教会公式ホームページご覧の皆さま、春めいた今日この頃ですね。庭の草木も輝いてきました。


            2019年 節分会式典

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              節 分 会 式 典 

               

              ・平成31年2月3日(日)

               8:50〜11:30

              ・大阪教会2階法座席

               

              〇序奏・オープニング

               追儺・還暦者をスクリーンにて紹介

               

              〇開式/司会:塩見西南支部地区主任

               

              〇奉献/追儺女性6名

               

              〇読経供養/導師:松本教会長

               

              〇追儺・還暦者の紹介

               追儺:9名・還暦:19名

               

              〇誓いの言葉/追儺男性:加藤氏(港支部)

               

              〇記念品贈呈

               追儺代表:原田さん(城北支部)

               還暦代表:吉岡さん(枚方南支部)

               

              〇講話/松本教会長

               

              〇コント/青年婦人部員有志

               

              〇来賓紹介/聖壇上にて紹介:28名

                    代表挨拶:衆議院議員

               

              〇豆まき/内陣・法座席

               

              〇特別初荷抽選会/司会:松本青年男子部スタッフ

               

              〇閉会/支部ごとに法座修行

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               


               

               


              2019年 春の彼岸会

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                春の彼岸会

                 

                2019年3月21日(祝)

                9:00〜12:00 

                大阪教会2階法座席

                 

                ●式典内容

                (焼香時間/午前7時〜午後2時)

                ■献花 ■瞑想 

                ■読経供養(経典1巻・三部経16番)

                ■回向文奏上 ■導師焼香 ■体験説法 ■挨拶:松本教会長 

                 

                 春分をはさむ7日間を「彼岸」といい、各寺院では法要が営まれ、人々は先祖の墓に御参りをして、先祖を敬い亡き人に供養を捧げています。

                 

                 「彼岸」とは梵語(ぼんご)のパーラミタ?波羅蜜多)の訳語で、悩みや苦しみの多いこの世界(=此岸)から理想の世界(=彼岸)に到ることを表します。大阪教会では、ご先祖さまに真心のご供養を捧げ、ご先祖さまから受け継がれてきた命のつながりに感謝するとともに、自分の生き方を見つめなおす機会として「彼岸会」を行っています。

                 

                ●式典終了後各支部ごとに法座があります。


                信仰体験談インタビュー

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                  “いのち新生”信仰体験

                  「きょうの私が、明日の私をつくる」


                   教団月刊誌「佼成」平成31年1月号“いのち新生”信仰体験欄に、大阪教会西南支部新出<しんで>婦人会員(54歳)さんの信仰体験が「きょうの私が、明日の私をつくる」と題して掲載されました。(※写真は「佼成」参照)

                   

                  そこで…新出さんにインタビューしました。

                   

                  〇掲載のきっかけは?

                   

                  平成30年1月号「佼成」の“今月のパズル”欄にハガキでプレゼント応募したことからです。答えと一緒に印象に残った記事の感想を書いて下さいとあったので、書き添えました。

                   

                  その内容は私が透析中であることに加え、背骨に6本のボルトを入れる手術をしたことから、転倒すればどうなるかわからない不安があったが、会長先生の法話の中に「過去、未来にはだれも生きてなく、今に生きている」(教団月刊誌「やくしん」平218月号)とあり、私も過去、未来は変えられないが、今を生きていることが出来るなら、今を生きて行こうと思っています…というようなことを書きました。

                   

                  平成30年の10月に佼成出版社の担当のS記者さんにお会いした時、ハガキに感想を書いて下さってと言われたときは、あまりにも前のことで思わず「いいえ」と言ってしまいました。(笑)

                   

                  S記者さんは私のハガキを大切に持って下さっていて、どんな方だろう…と思って下さっていたそうです。私のことを気遣っていただきまずは、私の様子を良く知る支部長さん、主任さんに大阪教会を通して聞いて下さり、本部からカメラマンさんと来られ、自宅や教会で取材を受けました。

                   

                  〇「佼成」に掲載されてからはいかがですか?

                   

                  有難いです。引越された方から電話があったり、長くお会いしてなかった方など多くの皆さんに連絡をいただきました。懐かしく、嬉しかったです。

                   

                  又、関東地方の壮年部さんから自分の趣味ですがと、色紙に描いた「観音さまの絵」を送っていただきました。全国から応援をいただいています。

                   

                  掲載していただいたことで、自分の気持ちが新たになり背筋が伸びるようです!! これからも私の出来ることを探して、こつこつと何でもさせていただきたいと願っています。

                   

                  ○取材を終えて・・・

                   

                  忙しい中インタビューに応じていただきました。新年から、今を大切に生きておられる新出さんにお話を聞かせていただき、感動いたしました。ありがとうございました。

                   

                  今年も良いホームページができますよう、私たち大阪教会IT委員会も尽力いたします。


                  2019年2月 松本教会長のことば

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                    2月 松本教会長のことば
                     
                     皆さん、こんにちは。
                    今年もあっという間に一か月が過ぎました。大阪教会では1月20日朝6時より「寒中読誦修行」が行われ、お陰さまで7日間の日程を無事に終えることができました。寒い日が続くこの時期、お互いさま日ごろの体調管理には十分に気をつけて参りたいものです。また、今年は大阪教会発足55周年の記念すべき年でもあります。55周年にちなみ「Let’s Go!Go!」の勢いで布教に励ませていただきたく存じます。
                     
                     さて、今月は会長先生から「人を思いやる『心の習慣』」というテーマでご法話を頂戴しました。「習慣」を別の言葉で言い表すとしたら、「クセ」とも言えるでしょう。私たち凡夫はつい損得勘定で物事を見、判断してしまうことが多いのではないでしょうか。例えば、電車やバスで席を譲ろうとした時、相手から「そんなに年寄りじゃない」と怒られたら「損だな」「得にはならないな」と思い、ためらった経験を持つ人もおられるでしょう。
                     
                     会長先生が教えてくださっているように、私たちはふだん損得勘定で得にならないことには消極的になりがちです。それは布教に対しても同じで、困っていたり悩んでいる人がいて、仏縁にふれていただきたいと思っても、「宗教の話は聞きたくない」とか「大きなお世話」などと言われたらイヤだなと考えてしてしまい、尻込みして結局声を掛けられないということにも通じると思うのです。

                     会長先生は、損得の「得」は「徳」に通じ、一文の得にならないと思われることであっても、人さまを思うがゆえの実践は、それを行う人の徳分として、人間的な成長など尊い心の財産になると教えてくださっています。そして、「現実的な功徳を得たい」「人として成長したい」と願う欲得から始めた菩薩行でも、人間性の向上という「徳」を招き寄せるという意味で「得」は「徳」に通じるとお示しくださっているのです。

                     ただ、そのことがわかっていても実際に行動に移す勇気はなかなか出ないものです。そこで「目の前の人を憐れみ、思いやりの心を奮い立たせて『苦しみから救い出そう』と決心しなさい」そのためには「自分本位のとらわれや執着を離れて、ものごとの真実を見極めるよう精進することが大切」と説かれている説法品の一節から、なかなか損得勘定を捨てられない私たちでも、精進によって欲得ずくの心を超えることができ、それが心の習慣になれば、どのようなときでも、人を思いやる気持ちを自然に行動にあらわせる、と教えてくださっているのです。

                     さらに、「雪が降ったら/寒かろう/冷たかろうと/お墓に/傘をさしに行く/幼子亡くした/お母さん」という詩の一節をご紹介下さり、この母親のように「自分と相手(わが子)とを一つと見る一体感」「すべてを一つと見る究極の一体感=仏さまとの一体感」を持つことができれば、わきあがる憐れみの心や慈悲の心に突き動かされて、思いやりを行動に移せるようになると教えてくださいました。この「仏さまとの一体感」は佼成会の教えである「一乗の教え」の核心とも言えましょう。
                     
                     今月はご法話と通して「欲得から始まる菩薩行」から「思いやりの心を奮い立たせて精進する菩薩行」に、そして「相手との自他一体感をもって、わきあがる慈悲心に突き動かされてなす菩薩行」「仏さまとの一体感をもって自由自在に、さらには菩薩行をしているという意識すらも超えた菩薩行」へという菩薩行の成長段階をわかりやすく具体的にお示しくださいました。

                     これも、菩薩行実践の繰り返しによって向上していく段階であり、この段階を上がることで真の思いやりが心の習慣になっていくということでもありましょう。菩薩としての心境が少しでも成長できるよう「精進、精進、死ぬまで精進、生まれ変わってまた精進」の心意気でお互いさま修行させていただきたいと存じます。

                     また、ご法話の最後の方に以前会長先生が生誕地に訪れた際、開祖さまの胸像が雨に濡れているのをご覧になり、傘を差しかけた覚えがあると述べられていますが、私はこのお言葉から、会長先生は開祖さまと一つになられて、私たちにご指導を下さっている、私たち会員を導いて下さっているのだと深く感動致しました。
                     
                     今月は涅槃会を迎えます。お釈迦さまが永遠のいのちとなられて常住此説法してくださっていることを確認する日とも言えます。私たちもその仏さまとの一体感が少しでも実感できますよう、布教伝道に精進させていただきましょう。 合掌

                     
                     

                    2019年2月 会長先生法話

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                      ※2月1日朔日参り(布薩の日)式典にて大阪教会松本教会長より教団月刊誌「佼成」2月号『会長法話』から今月の信仰生活の指針を頂きます。

                       

                      会長法話    

                       

                      人を思いやる「心の習慣   

                       

                           庭野日鑛 立正佼成会会長

                       

                      得 は 徳 に 通 じ る

                       

                       街のなかで困っている様子の人を見かけたとき、みなさんはどうされるでしょうか。そばに寄って声をかける人も多いと思いますが、気にかけながらも、よけいなお世話かもしれないと、近づくのをためらう人もいることでしょう。

                       

                       一概にはいえませんが、私たちはふだん、ものごとを損得勘定で判断し、得にならないことには消極的になりがちです。人は、なかなか欲得ずくの心を超えられないのです。

                       

                       最近では、トラブルに巻き込まれるかもしれないという懸念もあって、見ず知らずの人に声をかけるのは、確かに一文の得にもならないという見方もできます。しかし、ほんとうにそれは得にならないのでしょうか。

                       

                       損得の「得」は道徳の「徳」に通じる、といわれます。一文の得にもならないと思われることであっても、人さまを思うがゆえの実践は、それを行なう人の徳分として、人間的な成長など尊い心の財産になります。人として成長したいと願う欲得が、人間性の向上という「徳」を招き寄せるという意味で、「得」は「徳」に通じるということです。

                       

                       ただ、そのことがわかっていても、困っている人を見て、「なんとかしてあげたい」と願う気持ちを実際の行動に移す、その一歩を踏みだす勇気が出ない人もいます。

                       

                       無量義経に「憐愍の心を生じ大慈悲を発して将に救抜せんと欲し、又復深く一切の諸法に入れ」(説法品)とありますが、これは、菩薩に「目の前の人を憐れみ、思いやりの心を奮い立たせて、『苦しみから救い出そう』と決心しなさいと」と教える一節です。そして、そのためには「自分本位のとらわれや執着を離れて、ものごとの真実を見極めるよう精進することが大切です」と説かれています。

                       

                       要するに、なかなか損得勘定を捨てられない私たちでも、精進によって欲得ずくの心を超えることができ、それが心の習慣になれば、どのようなときでも損得勘定に惑わされずに、人を思いやる気持ちを自然に行動にあらわせるということです。

                       

                      す べ て は 一 つ

                       

                       「雪が降ったら/寒かろう/冷たかろうと/お墓に/傘をさしに行く/幼子亡くした/お母さん」 

                       

                       このような詩の一節を目にしたことがあります。子を亡くした母親の、切ない気持ちがよく伝わってきます。それと同時に、菩薩が人を思いやる心情というのはこういうことではないか、と教えられた気がしたのです。

                       

                       このお母さんは、いつでも、わが子と身も心も一つにして生きています。寒いよ、冷たいよ、という声なき声を聴きとり、わきあがる思いを素直に行動に移したのだと思いますが、そこに菩薩の慈悲を見るのは私だけではないでしょう。 

                       

                       先に述べた、「自分本位のとらわれや執着を離れて、ものごとの真実を見極める」というのは、この母親のように、自分と相手を一つと見ることです。さらに、すべてを一つと見れば、人の喜びや悲しみがよくわかり、そうしてわきあがる憐れみの心や慈悲の心に突き動かされて、思いやりを行動に移せるのです。「すべては一つ」という見方によって、思いやりが「心の習慣」になるということです。

                       

                       以前、開祖さまの生誕地の新潟県十日町市を訪ねたとき、公園に建つ開祖さまの胸像が雨に打たれているのを見て、私も師父に傘を差しかけた覚えがあります。いつでも、だれに対しても、自然に思いやることができるよう、私もいっそう精進をしてまいりたいと思います。

                       

                       ただ、至道無難禅師は「慈悲して慈悲知らぬとき、仏というなり」と教えています。相手と一つになれば、慈悲をしているといった意識もないまま、その思いやりがお互いの喜びや心の成長に結ばれていくのです。



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