平成29年6月 会長先生法話

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    *6月1日(木):朔日参り(布薩の日)式典に於いて大阪教会松本教会長から6月号教団月刊誌「佼成会長法話」より今月の信仰生活の指針をいただきます。
    会長法話
    「愚痴をいわない」 立正佼成会会長 庭野日鑛
    「知っている」という思いこみ

    不都合なことに遇うと、私たちは不平不満を口にしがちです。俗にいう「愚痴をこぼす」わけですが、この「愚痴」という熟語の二文字は、どちらも「おろか」を意味します。ただ、同じ「おろか」でも、「痴」のほうは(やまいだれ)のなかに「知る」という字の入った意味深長な文字で、いわば知が病気になっていることによる「おろかさ」を示しています。つまり、自分の知っていることがすべてと思いこみ、全体がよくわかっていないことからくる「おろかさ」ということです。ちなみに「愚」は、猿に似たナマケモノ類をあらわす象形文字の下に(心)がついた文字のようです。まわりくどく、心のはたらきの鈍い「おろかさ」を示しているとでもいえるでしょうか。また、愚痴には、「いっても仕方がないことをいって嘆くこと」という意味があります。確かに私たちは、いってもムダと知りつつも不平不満をいい、ときには思いどおりにならないことを人のせいにしてまで愚痴をこぼすのです。私たちがなぜ、そこからなかなか抜けださなせないのかといえば、自分の知っていること、思っていること、考えていることが「絶対に間違いない」という錯覚にとらわれているからです。まさに、「私は知っている」という病気にかかっているのです。
    道理がわかれば
    「私が正しい」「私は知っている」という気持ちが愚痴の原因の一つだとすれば、その心を省みることにより、不満や文句が少なくなりそうです。そして、反省することによってものごとに対する洞察が深まると、不平や不満の対象としか思えなかったことが、「仏の説法」と受とれるのではないでしょうか。日ごろから仏の教えに親しんでいると、愚痴をこぼしそうなときでも智慧の心がそれを鎮めてくれる、と経文にあります。「愚痴多き者には智慧の心を起こさしめ」という一節ですが、愚痴の対象が、「自分に大切なことを教える仏の説法だった」と思えたとき、そこには智慧の心がはたらいているといえそうです。そういう心のはたらきを、よりしっかりと自分のものにする方法があります。それは、この世のあらゆるものごとに共通する真理、つまり「真実の道理」を知ることです。この世のあらゆるものが、一つにつながるご縁によって生かされている事実を知ることです。この世のあらゆるものが、一つにつながるご縁によって生かされているという事実。その恩恵を受けて、いま自分がここに存在するという有難さ。このことが明らかになり、感謝できると、愚痴は出てこないのではないでしょうか。ひとことでいえば、天地自然の道理がわかれば愚痴はいえなくなるということです。経文には「若し愚痴多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち痴を離るることを得ん」ともあります。観音さまを念じ、敬う心をもちつづけると、愚痴を離れることができるというのです。仮に、ついうっかり愚痴が出そうになったときでも、観音さまのような慈悲の心・人に対する思いやりの心が、自分勝手な言葉や行動を押しとどめてくれるでしょう。そもそも、「観世音菩薩を念じる」というのは、自分もそうありたいと願う心のあらわれですから、自分のことよりも他人の幸せを喜べる人は、愚痴や不平から縁遠いはずなのです。それでも愚痴をこぼしそうになったら、「智慧がはたらくチャンスだ」と気持ちを明るく切り替え、あるいは日々の読経供養をとおして心を見つめなおして、真理にそったものの見方、受けとめ方に立ちもどればいいのです。


     


    平成29年6月 大阪教会主要行事

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      1日(木)9:00〜 お朔日参り布薩の日(夜間担当壮年部)

      4日(日)9:00〜 開祖さまご命日・『常住此説法』

      10日(土)9:00〜 脇祖さまご命日・報告会(青年部)

      15日(木)9:00〜 釈迦牟尼仏ご命日・嘱累品第22拝読

      18日(日)16:00〜 大阪佼成議員懇話会定例総会

      22日(木)一斉布教デー(各支部地域)

      ※家庭修養日:6日(火)・16日(金)・25日(日)

       館内整備日:7日(水)


      若手壮年研修会(行楽塾)

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        青年部と壮年部の中間的位置(35〜49歳目安)を有効に生かし、青少年の育成教化また熟年壮年に学び、共に布教伝道を展開することを目的として立ち上げた。壮年層は人材の宝庫、なぜなら壮年はその職業ゆえにそれぞれの人が特色、特質をもちあわせている。その特質を地域・職場における人材として、またサンガの中のリーダーとして、多くの人の救いを目指している。講師は、花田さん(アパレルメーカー経営:会長職)を中心に月1回程度開催。豊中・泉州教会にも参加を呼びかけている。

        参加者コメント

        Tさん(建築基準適合判定事務所勤務)

        研修会での気づきとして、職場で自分から朝のあいさつを実践しつづけ、社員間のコミュニケーションがスムーズになり、その結果として会社の業績が伸びた。

        Wさん(空調機器販売会社勤務)

        以前から「まわりが気がつかないことを何か実践する」という問題意識をもっていたが、この研修会で自覚を深めることができ。会社の経営が苦しいなか、トイレ等の掃除を続けることで評価され、前向きに仕事に取り組んでいる。

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        平成29年 降誕会

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          平成29年4月8日(土)降誕会 9:00〜11:30

          奉献の儀・曼荼羅華散華・読経供養・啓白文奏上・灌仏・稚児讃歎文奏上・稚児おねり供養・体験説法・教会長講話

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

          式典終了後:縁日(南駐車場)…餅つき披露・ポップコーン・たこせん・バルンアート・野菜・花等即売会

          来場者に花ポット進呈、ユニセフ募金箱設置





           


          平成29年5月 松本教会長のことば

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             街の木々が青々と茂り、少し汗ばむほどの季節となってまいりました。

            4月から進学や就職といった新しい生活をはじめられた方は、ゴールデンウィークを迎え、少しほっとされている頃でしょうか。休み明けからも元気にスタートを切りたいものです。

            さて、今月は会長先生より「させていただく」というテーマでご法話をいただきました。私たちはともすれば自分の行為を「自分がするんだ」と思いがちです。しかし、「縁起の法」からすると、私たちは多くの人々の縁や作用によって生かされているのです。そのことを知ったとき、心から「させていただきます」という言葉を発することができます。また、日常いろいろなことをして差し上げるときなどには、相手より一段高い立場に立って「してやる」という驕り高ぶった気持ちになりがちですが、一歩下がって「仏さまのお力によってさせていただく」と考えるのが信仰者の姿勢です。このように仏さまはもちろん、すべてのご縁を敬う心や謙虚な心が込められている「させていただく」という言葉には、信仰の原点とも言うべき精神が流れているのです。

             一方で、「させていただく」は、「口にする側と聞く側に、気持ちのずれが生じることがあり、慇懃無礼な態度と受けとめられることもある」とご法話の中で教えてくださっています。文化庁がまとめた敬語の指針によると、「自分側が行うことを〜蠎蠡λ瑤和荵絢圓竜可を受けて行い△修里海箸撚厳辰鮗けるという事実や気持ちのある場合」が「させていただく」の正しい使い方であると示されています。「会社をやめさせていただきます」などの使い方は、相手の許可を得ず、一方的な行動や意向を伝えており、問題のある使い方といえましょう。

             このように「させていただく」は単なる「する」の謙譲語ではなく、目上の存在から受けた恩恵への感謝の込められた表現といえるのです。ですから、信仰をいただく私たちには、「自分がすることは、『修行せよ』『学びなさい』と仏さまからご指名(許可、依頼)をいただきすることである」という仏さまの願いを感じること。また、「自分がすることは、自分の才覚を超え、大きな功徳(恩恵)をいただける尊い修行であり、菩薩行である」という仏さまへの感謝を込めて、「させていただく」という言葉を使っていきたいものです。

            会長先生は「信仰を持つ私たちは、日ごろの生活の中で仏さまへの帰依の念を養い、『大いなるものに生かされている自分なのだ』という自覚と感謝に目ざめることが大事だと思います。」とお言葉を下さっています。「させていただく」という言葉を使うことによって、「仏さまからいただいた使命を果たし、実践を通して功徳を積もう」という自覚にもつながりますし、その自覚をもって感謝の心で「させていただく」という言葉を使うことができれば、菩薩道を歩む私たちの信仰も益々深まっていくのです。

            今月5月14日大阪教会では、「大阪普門館落成40周年式典」を迎えると同時に「青年の日」に取り組みます。若い人をはじめとしたすべての人が「有り難し(ありがたい)」「感謝(ありがとう)」の気持ちを胸に、「させていただく」という言葉を通して、自覚と感謝に目ざめた生き方が歩めるよう、普門の精神で布教伝道に邁進させていただきたいと存じます。合掌


            平成29年5月 会長先生法話

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              *5月1日:朔日参り(布薩の日)式典に於いて大阪教会松本教会長から教団月刊誌5月号「佼成」会長法話より今月の信仰生活の指針をいただきます。

              5月佼成 会長法話

              「させていただく」

              庭野日鑛 立正佼成会会長

              無限のつながりのなかで

              今月のテーマである「させていただく」について、仏教の篤信者として知られる工学博士の森政弘先生が、つぎのようにおっしゃっています。「仏教では『させていただく』という受け止め方をするが、それは、なにごとも自分の力だけではできないからである」(『今を生きていく力「六波羅蜜」』教育評論社刊)たとえば、自分の力で立っていると思っている人も、「じつは大地の支えや重力があるからであって、何をするにしてもただ一つの原因とか、自分だけの力によるのではなく、他の力などによって可能なのである」というのです。曹洞宗の青山俊董師は、そのことを「この世界の一切のことは、どんな小さなことも漏れることなくぶっつづきに、あいかかわりあって存在する」(『泥があるから、花は咲く』幻冬舎刊)とわかりやすく説かれています。ものごとはすべて、かかわる縁の作用で生じたり滅したりする一一すなわち縁起ということです。このような宗教的な世界観から生まれた表現が、「させていただく」なのです。その意味でこの言葉には、本来、私たちを常に「生かそう」とはたらいてくださる大いなるものに対する、感謝の念が含まれているといえます。「おかげさまでさせていただくことができます」という気持ちです。また、「させていただく」は、自分の行いを謙虚に表現する場合にも使います。ところがそのとき、口にする側と聞く側に、気持ちのずれが生じることもあるようです。「表面的にはていねいだが、思いあがった物言いに聞こえる」とか「謙虚なようで自己をアピールしている」など、いわゆる慇懃無礼な態度と受けとめられることもあるのです。もし、そのような誤解が生まれるのなら、より主体的に「させてもらいます」と伝えるほうがいい場合もあるように思いますが、佼成会ではよく使われる表現だけに、「あらゆるもののおかげさまで」という気持ちから、自然に「させていただく」といえる私たちでありたいものです。

              仏さまへの感謝

              私たちは、ふだん何気なく「させていただきます」と口にします。それは、先ほどお話ししたように、「おかげさまでとりくむことができます」「させていただけることがありがたい」という気持ちのあらわれです。ところが、この「おかげさま」や「ありがたい」を忘れてしまうと、「している」とか「してやる」といった自我が顔をだします。そこで、たとえば「させていただく」の前後に「おかげさまで」や「ありがたい」を添えると、それがそのまま素直な気持ちになります。ものごとは形がとても大事であるといわれますから、繰り返し、「おかげさまで、させていただけることがありがたい」と口にしていれば、縁起の教えがしっかりと胸に刻まれ、いつでも心からそういえるようになるのではないでしょうか。理想をいうと、そうなれば「させていただく」その感謝の実践は、仏、菩薩の遊戯三昧のような、とらわれのないうれしさ、楽しさにつながりそうです。ただ、心から「させていただきます」といい、神仏への感謝の念をもってとりくんでいることでも、それが必ずしも喜びや楽しさに直結しないケースもあるでしょう。介護やボランティアの現場では、複雑な思いでとりくむことも少なくないと聞きます。ですから、そのなかで「つらい」「いやだ」と弱音や愚痴を吐きたくなるときがあるのも自然なことです。だからこそ、信仰をもつ私たちは、日ごろの生活のなかで仏さまへの帰依の念を養い、「大いなるものに生かされている自分なのだ」という自覚と感謝に目ざめることが大事なのだと思います。 以上

               

               


              平成29年5月 大阪教会主要行事

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                1日(月)9:00〜 お朔日参り 布薩の日(夜間なし)

                4日(木)9:00〜 開祖さまご命日・自由参拝 

                10日(水)9:00〜 脇祖さまご命日・報告会(ほんわかショップ)

                14日(日)9:00〜 大阪普門館落成40周年記念式典

                15日(月)9:00〜 釈迦牟尼仏ご命日(読経供養・挨拶:教会長)

                ※家庭修養日:6日(土)・16日(火)・26日(金)

                 館内整備日:17日(水)

                 自由参拝:2日(火)〜5日(金)


                先輩会員さんの体験談

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                   西南支部 辻井さん85歳)

                   大阪普門館落成40周年の佳き年に、大阪教会会員功労者にご推薦いただきありがとうございました。私は昭和43年に立正佼成会に入会させていただきました、支部長さんから「貴女が永年人さまの出逢いを大切に生きてこられ、お役等を一生懸命なさってこられたのだから」と温かい言葉をかけて下さいました。平成9129日私は“くも膜下出血”になり、手術中に姑の声が聞こえてきました「貴女は死なせないよ、病気は私が持て行ってあげるからね」というものでした。その2日後、15年余り介助していた姑は亡くなりました。私はこの体験をとおして、佼成会で教えていただいている親孝行の実践ほど、大切なことはないと実感しました。教団創立79周年の3月5日本部での式典には、出席できませんでしたけれど、生かされている事に感謝し、主人や会員の皆様に支えて頂いたお陰様と思っております。これからも人さまに喜んで頂けるよう精進させていただきます。ありがとうございました。合掌


                  平成29年 節分会 松本教会長講話

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                       平成29年1月29日(日) 松本教会長 講話    (一部抜粋)

                     節分会にお参りしていただいてありがとうございます。節が変わるわかれめの時にしっかりとした心をつくっていこう、心の中の鬼を追い出して福を呼びいれて、いい一年になるようにしていこうというのが節分の意義でありますが、仏教の教えをいただく私たちも、この節分に心を切りかえて新しい年を良い年にしていけるような心構えをつくっていこうということで、毎年この行事を大切にさせていただいているわけであります。節分の翌日である立春から、今年は2月4日から十干は丁(ひのと)十二支は酉(とり)、九星は一白水星(いっぱくすいせい)の年になります。今年の因縁にふさわしい修行がいよいよスタートするという時です。今年特に心がけるべき事として、会長先生は2つのことを教えてくださいました。一つは「感謝」ということです。お釈迦様の教えをつきつめると最後は「感謝」の心に行き着き。「ありがたい」と受けとめて、「ありがとう」と感謝のことばが伝えられる私たちになるのが大切で、仏教の教えを身につけていくということはそういうことなのですと、教えていただいています。それも何かしてもらったからありがとう、これはあたり前のことです。どんなことがあっても辛いことがあっても、このことで自分の心が鍛錬されるのだありがたいと受けとめていく、あるいは、今生命がある、目が見える、声が聞こえる、家族がいることなど普通のことと思っていることにもありがたいな、と「感謝」の心を持つことが大切だと教えて下さっています。そして、もう一つは、“ご親教”時紹介されましたが、今年の書初めに「真因」という言葉を会長先生は書かれました。真実の真に原因の因、真実の原因という言葉、これが「真因」です。これには三つの意味があります。まずはすべての原因は自分にあることをしっかり受け止めていこうということです。どんなことがあっても例えば腹立たしいことがあったとしても、腹を立たせたあの人が悪いというのではなくて、「真因」は自分だと受け止める。自分の心の中にまだまだ怒りの心(因)があるから、そういうものにふれた時に感謝の気持ちよりも、怒りの気持ち腹立たしい気持ちが出てくるんだと、すべての原因を自分に持っていく、そういう意味があると思います。次に会長先生が元旦のときに、こういう詩を紹介して下さいました、「太陽は夜が明けるのを待って昇るのではない、太陽が昇るから夜が明けるのだ」これは東井義雄先生の詩で、「主体性」を教えて下さっているのであります。私たちが常に「主体的」に自らという気持ちで物事にあたらせていただくことです。今年は皆さんに主体的に生きる秘訣として、日常生活の中でも佼成会の行事に対しても、いつもプラス1を考えていくことをお伝えしています。今日は、こんな気持ちをプラスしていこう、この行事にはこれを1つプラスして考えていこう、新しい会員さんを1人お連れしようと考え行動していくことが、「主体的」に生きるということです。最後に「真因」というのはとても意味深いお言葉なんです。お釈迦さまは大変な修行をされました。6年間ゴマ粒1つ、ごはんを1粒、1日にこれしか食べないという修行をされガリガリに痩せられてもそれでも続けられた。そして瞑想に入られて悟りを開かれる。もちろんそうやって修行をされて悟りを開かれたということは、大切なことですが、お釈迦さまが悟りを開かれた「真因」、真の原因はお釈迦さまの中にすでにあったんだ、修行する前から、もう悟りを開き仏さまになる原因は持っていらしゃったというのが「真因」ということの深い意味です。その「真因」はお釈迦さまが持っていただけなくて、私たち誰も持っているんだ磨いていけば誰でも仏になれる、ということであります。可能性は無限にある、磨けばいくらでも光るものを持っているが、磨かないので光らないだけなのだということです。「感謝」と「真因」をお互いさましっかり心にもち、修行していきたいと思います。

                     さて今年は十干でいうと丁(ひのと)です、毎年申し上げますけれど、十干は天の気、目に見えない世界を表し精神、理性や天ですから気候、政治、思想、風潮、世論に現れます。十二支は酉(とり)にあたります。地の気を表します。目に見える物資、具体的にいうと経済、農作、水産、肉体、健康にあらわれてくるのが十二支の作用です。九星は一白水星の年です。この九星は人の気であり、天、地、両面つまり目に見えない精神、目に見える物資の両面にあらわれ、人間生活すべてに作用するということです。精神に現れる十干で丁(ひのと)というのは、すくすくと伸びる芽がしっかり成長して安定したという成長と安定をあらわしています。しかし成長が頂点に達するとぶつかり合う作用がでてきます。丁という字は、平面上の一点に直角から釘を打ち込んだ様を真横から見た象形文字だといわれています。精神的な面からいうと成長とか頂点とか申し上げましたが、頂点に達するぐらいまで成長できる年だということです。しかし反面衝突したくなる年でもあり反発してぶつかりたくなる気持ちがでてきます。ですから会長先生はぶつかる前に「感謝」するんだよ、原因を相手に求めるとあの人が悪い、この人が悪いとぶつかりたい気持ちがどんどんでてくるから、「真因」をしっかり自分に求めていきなさいと心構えをくださっているのです。この十干は政治にも表れてきますので世論を二分するようなテーマがでてくる、あるいは意見や主義主張の対立軸が明確になるといわれています。次に十二支というのは物資の世界にあらわれるといわれていますが、元々酉(とり)という字は酒つぼをあらわしています、食物の成長で見たときは実が熟し、収穫した実から酒を造り利益を得るという意味をあらわしています。九星でいうと、景気経済を表す六白が真北に位置し暗剣を背負うということになりますので、多少心配な面もありますが蒔いてきたものが実り収穫が得られ利益を得る、つまり今までの努力が報われる時ということですから、景気、経済は上向きになってくるだろうといわれています。今年は現実の功徳も沢山頂ける年と思ってもらってもよいでしょう。次に九星の人の気、人間の生活全般にあらわれてくる作用が九星です。一白という一というのは万物の始まりをあらわし、白の意味も始まりです。時間は0時をあらわします。すべてにおいて一に返ってスタートをする年、原点にかえる年です、過去にいろんなことがあったかもしれないれど、それにとらわれないで今年は一からやり直そう、新しいスタートだ、そういう気持ちになってくると本当にそうなっていく切り換えの年でもあります。天候でみると水に関すること、集中豪雨、長雨による水害に注意ということでしょう。元々一白は真北にある星ですから、北というのは寒いので冬はうんと寒く、水の作用もありますから豪雪地帯は大雪が降っていくという年でもあります。ですが丁(ひのと)という季節は夏なので暑い時はうんと暑くなり、夏冬両方の作用が出てくるという年であります。最後に九星でそれぞれの運勢についてふれていき、私の講話を終わります。

                    〈一白水星の人〉

                    九年間の総決算の時で何を九年間やってきたのかが表面化してきます。しかし今年一生懸命精進するとまわりの人から応援を頂けるし、怠けていると八方ふさがりになります。

                    〈二黒土星の人〉

                    一生懸命精進していると天の助けを受けられる年です。多忙ながらも充実し実り多い年になりますが、怠けたり自己中心や頑固になると天の恵みが頂けなくなります。精進しないと、もったいない年です。

                    〈三碧木星の人〉

                    収穫の喜びを味わえる年です一生懸命精進させて頂くと、実りも多く金運にも恵まれる年です。怠けた根性がでてくると出費の多い年になります。色情の問題も出やすいので気をつけましょう。

                    〈四緑木星の人〉

                    変化の多い年ですが生まれ変われる年です。継承や相続の問題が出てきます。良い方にも悪い方にも心の通り、精進の通りの変化がでます。

                    〈五黄土星の人〉

                    脚光をあびて全てが明らかになる年です。精進させていただくと良い事が、怠けると悪い事が注目、評価されます。

                    〈六白金星の人〉

                    苦労も多く伸展しない低調な年です。飛躍のための充電の年です。来年度(春)を迎えるための冬だと思いしっかり精進する事が大切です。

                    〈七赤金星の人〉

                    人を育てられる年です、そのことによって自分も大きく成長変化できる年です。怠けていると家庭内のトラブルや古い病気の再発など、悪い方向へ変化してしまう年です。

                    〈八白土星の人〉

                    発展、成長の年です、新規開拓事業の最適の年です、多忙で言葉に力を持つ年です。精進させていただいていると良い方向に力を発揮することができ、怠けていると反対のことになり、積み重ねていたものが破壊される年でもあります。

                    〈九紫火星の人〉

                    九年に一度の最高の年です。能力を発揮し成果がでる年ですが、怠けていれば成果は出ませんので折角の運気ですから精進させていただきましょう。

                    以上です、ありがとうございました。合掌 (文責:大阪教会IT委員会)


                    平成29年4月 松本教会長のことば

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                       日差しも温かくなり、吹く風にも春を感じるようになりましたが、みなさまお元気におすごしでしょうか。4月は釈尊降誕会の月であり、新入園、新入学、新入社など、新たなスタートを切る方もいらっしゃると思います。大阪教会においては、1日には「大阪教会発足53周年」を迎えさせて頂きます。たくさんの諸先輩方のおかげさまで今、ここに教えを頂いていることに改めて感謝の念を深め、新たなスタートを切らせていただきたいと思います。

                       さて今月は、会長先生より「時間の浪費」というテーマでご法話を頂戴しました。私たちは「浪費」という言葉を聞くと、むだなことや悪いことのようにとらえがちですが、真理のものさしでみると、あらゆる存在や状態は、それそのままで大調和しているととらえることができます。つまり、すべてが支え、支えられる存在としてあるべくしてあり、一つひとつの出来事や一人ひとりの存在が無くてはならない必然であると受けとることができるのです。それが分かると、引きこもっていたり、定職に着かずニートのような生活をしている方と出会っても、「今が本人にとって大切な時間」「必ず今の経験が役に立つときが来る」と肯定的に受けとめることができ「人も物もすべての現象も、どれひとつとしてむだなものはない」「自分勝手に凡夫と聖人を分別するような見方ではない、神仏の大いなるはたらきを感じることができる」と会長先生は教えてくださっています。しかしながら、いつでもどんな現象もそのように受け取れることばかりではありません。そんなときに必要なことは「不思議を観じる」ことだと会長先生はお示しくださいました。それを身近にとらえると、自分が意識をしなくても私の心臓は24時間365日一度も休むことなく働き続けてくださっている不思議。私の今をつくっているのは、これまでのさまざまな出会いの積み重ねのおかげ。その出会いの一つでも欠けたら今の自分はないということなど、幾つもの不思議が受け取れます。そう思うと私の周りは数限りない不思議に満ちており、かつ、むだなものは一つもないと観じることができます。そうすると自然に「ありがたい」「ありがとう」という思いに包まれ、大調和の中で生かされ生きていることが実感できるのです。また、ご法話の中で道元禅師の「生死流転する自分の身心を省みて、自分より他の人が先に幸せになるようにと願う菩薩の心を起こしなさい」という言葉を紹介くださいました。つまり、「袖振り合うも多生の縁」と言われるように、生まれ変わり、死に変わりしながら永遠の命を生きる私たちは、今世の出会いは過去の出会いのつながりの中で出会っている。また、今世の出会いが来世につながっていくのです。今、一生懸命お世話をしている人が前世では師匠だったかもしれないし、嫁姑の関係が来世は親子の関係になるかもしれないのです。ですから、いつでも「まず人さま」の心で接し、縁を尊重することが大切なのです。そしてこの言葉は、永遠の時間の流れの中の出来事や出会いもすべて大調和していることを教えてくださっているといえましょう。会長先生は「私たちは調和の世界の一員としてみんなが幸せに生きられるよう、その調和を保つために生まれ、かつ生かされているということです」とお示しくださいました。さらに、それに気づかず人を傷つけたり、身勝手な行動をすることが何よりも時間の浪費であり、「命のむだ遣い」であると教えて下さいました。その意味では、今生かされている不思議を常に観じ、常にありがたいと生きるには、人さまを思う菩薩行こそが、時間の浪費をせず、調和の世界を生きる自覚を保つ行といえます。

                       今月は、釈尊降誕会の月でもあります。お釈迦さまがお生まれになり、多くの人の幸せを願って教えを説いてくださったおかげさまで、私たちは仏法を頂戴できました。私たちも、同じようにたくさんの方との出会い、教えをお伝えする中で、仏さまを観、法のはたらきを実感しながら、布教伝道に邁進してまいりましょう。合掌



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