令和元年8月 松本教会長のことば

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     8月の松本教会長のことば

     

     夏本番の天気が続いておりますが、皆さまお元気でお過ごしでしょうか。

     

     大阪教会では、先月23日に日本三大祭りの一つである天神祭の前夜祭に、立正佼成会として万灯行進の宮入奉納をさせていただきました。おかげさまで天候にも恵まれ、感動・感激あふれるすばらしい行進でございました。受入れてくださった大阪天満宮さまはじめ、地域住民の皆さま、行進に参加してくださった信者さんや支教区内の教会の皆さま、応援してくださった皆さまに深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。 

     

     さて今月は、会長先生より「自分の『宝』を輝かせる」というテーマでご法話を頂戴しました。

     

     私たちは肉体という形を得るとそこに執着してしまい、それにとらわれて人と比べて卑屈になったり、はたまた驕慢(きょうまん)になってしまったりするわけですが、会長先生は「仏教では、人と比べる見方がものごとを見る目をいかに曇らせているかを教えています。仮に人をうらやむ気持ちが生まれても、それを必要以上の欲望や無益(むえき)な憎しみに発展させないよう心を制御(コントロール)することが大切なのです。」とお示しくださり、さらに「最近では、劣等感を抱くあまり生きる自信を失(な)くし、『自分には、生きている価値がない』とまで思い込んでしまう人が増えているように思います。」と述べられ、法華経の「信解品」にある「長者窮子の譬え」に登場する「窮子」のように、自信をもてないという人がふえているのはなぜかといえば、「欲望を刺激する情報が過剰にあふれるなか、経済的な格差や人生において得るものが多いか少ないかなどを、多くの人が容易に推し量れる時代だからではないでしょうか。」と教えてくださいました。

     

     人それぞれ違うところがあるのは当たり前のことです。しかし、表面的な違いにとらわれ、自分と人とを比べて卑屈になり、新しいことにチャレンジするのではなく、「いかに失敗しないように生きるか」ということに力を使っている人が多くみられます。仏さまの教えを知らずにいて、自分の思い通りにいかないと「何もかもうまくいかない」とか「何をしてもダメだ」と卑屈になるのです。しかし、本来の自分の本質は仏性であり、仏と一体なのだ、これが私の「宝」なのだということを悟り、輝かせることができれば、卑屈という苦悩から救われることができると仏教は教えているのです。

     

     では、どうしたら仏性を自覚し輝かせることができるのでしょうか。会長先生は「劣等感は、向上心の裏返しといいます。胸の奥底に『よりよく生きたい』という願いがあるからこそ、時に口惜しい気持ちも芽生えてくるのです。ただ、自分が不幸なのは世の中のせいだとか、他人のせいだといった思いこみにとらわれると、成長の糧(かて)となるはずの劣等感が愚痴(ぐち)の種に止(どど)まり、向上心に結びつかないのではないでしょうか。」とお示しくださいました。

     

     人は少なからず卑屈な心をもっています。そうすると、人から何か自分にとって不都合と思えることをされたとき「なんだ、あの人は!」と責める気持ちがおきますが、その現象や出会いの中に仏さまの慈悲のはたらきを観じ、仏さまは私に何を教えよう、悟らせようとしてくださっているのだろうか、と受けとめることができれば、卑屈になったり、劣等感を抱くことはなくなるのです。

     

     そこでまず大事なのは「信じる」ことです。頭で理解しようとするのではなく、「信」で受けとめるのです。すべての現象は仏さまの説法、仏さまのはからい、「すべては自分」を成長させてくださる仏さまのお慈悲と信じ、仏さまに守られている自分を感じていくことです。

     

     もう一つは、「まず人さま」の心で人のために何かをしていくことです。今までの辛い経験や苦しい体験が、この人をお救いするためにあったのだと感じられると、これまでの人生はすべて自(みずか)ら誓願してきたものだったのだと思えてきます。すると、今までの過去や、これからの人生が輝いてくるのです。つまり、主体的に菩薩行をしていくことで、人の役に立っている実感を得られることが、卑屈から抜け出すコツといえるでしょう。

     

     会長先生は「自らの『宝』に気づいて喜ぶだけではなく、まだそのことを知らない人に自分の気づきをお伝えして、その人の『宝』を照らす触れあいをしていくと、自分の『仏性』がよりいっそう光り輝くことを教えるのです。」と「信解品」をとおして教えてくださっています。「自分の気づきをお伝えして」ということは、この教えによって救われた体験や、学んだことを人さまにお伝えするということであり、「布教・導き」をさせていただくということでありましょう。

     

     また、「その人の『宝』を照らすふれあいをして」ということは、こちらが輝いていないと相手の「宝」は照らせないということであり、まず、自分の仏性を輝かせることが大事なのです。相手の幸せを心から願い、この教えによってどうか救われていただきたいと一心に念じてふれあうことで、自分の仏性は輝いてくるのです。その輝きで相手の仏性を照らし出していくと、さらに自分の仏性がよりいっそう光り輝くということでありましょう。

     

     結びに、会長先生は「仏の教えを信じ、理解することが『信解』ですが、人はみな等しく『仏性』という宝をもっていると『信解』し、お互いさま、自信を持って人生を歩んでまいりましょう。」とお言葉をくださいました。自分も含め、すべての人が仏性の現われだと信じ、その尊い「いのち」を拝んで、自信をもって布教させていただきましょう。

     

     8月はお盆の月です。ご先祖さまに思いを馳せ、いのちのつながりに感謝し、布教・導きを通して自分の「宝」がよりいっそう光り輝くよう、お互いさまに精進してまいりましょう。 合掌                



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