令和二年 東教会長のことば(7月05日号)

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    75日号

     

    大阪教会のみなさま(*^^*)“ごきげんよう”

     

     昨年、佼成出版社から発刊された『ゆったり、のんびり、ほどほどに』が、“焦りと不安が掻き立てられるコロナの時代”に読まれているそうです。著者は大阪市生まれで、高名な宗教評論家“ひろさちや”さん。<過去を追うな><未来を求めるな><今を大事に生きよ>と話される言葉に、仏教のもつ大らかさ、真理からの言葉が胸に響きます。

     

    “ひろ”先生の講演会だったと思います。問題を解決しようとして失敗する人が<馬鹿>で、<阿保>はあえて問題を解決しようとしない。問題を抱えたまま楽しく生きようとする。そして知らないうちに解決している…これが仏教と聞いて、関西育ちの私はクスッと笑いました。美味しい食べ物を食べるのではない、美味しく食べるのである…これが仏教と聞いて、深く頷きました。大事な智慧を頂戴したような“徳”な気分にもなりました。

     

     今月は佼成7月号で「いま、自分にできることを」とご指導いただいています。「みなさんはいま、仏道を歩む菩薩として何を願い、何を誓って、一日一日をすごしているでしょうか」という呼びかけに感動しました。先月も人のお役に立つようにと励ましてくださって、そうすれば私自身が仏性を輝かせる生き方ができると教えていただきました。

     

     ひろ先生の姿や生き方も同じだなぁと思いました。「ひろ(ギリシャ語のフィロ=愛する)さちや(サンスクリット語のサティヤ=真理)」と名を付けられた通り、仏教の説く深淵な真理を、平易で身近な言葉を使って大衆の心を和ます“思いやりの実践”をされています。それは、大阪教会の皆さまも同じです。四カ月の間、春季彼岸会のお戒名をお預かりしました。数万にも及ぶ諸精霊の書かれた用紙を一枚一枚持ちながら、「こんなに濃やかに手をとってくださっている」「ここまでご先祖さまを思って下さっている」「きっと、お戒名を預かるために何度も説得されたんだ」とずしりと深い思いやりを感じるのです。毎日、コツコツと歩かれては相手のご家庭のお幸せを祈念して、お戒名を集められたお姿が浮かんできます。本当に有り難いことだと深く深く感謝を致しました。

     

     さあ、今月もご法話を胸に、<私を待つ人がいる>という思いをもって“急がず息(や)まず”ご一緒に精進して参りましょう。

                                   合掌

     


    参拝にあたってのお願い

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      参拝にあたってのお願い

       

      7月18日(土)から教会に参拝することができます。

      ご参拝の際は、新型コロナウイルス対策の徹底をお願いいたします。

       

      再開にともなうご案内、手指消毒と検温のやり方は→こちら

       

      ◆参拝時にはお名前のご記帳をお願いいたします。

       2階後方に記帳台があります。

       支部ごとにファイルが置いてあるのでお名前をお書きください。

       

       

       

       

      ◆「大阪コロナ追跡システム」の登録もできます。

       

       

      ※画像はイメージです。このQRコードは読み取れません。

       手順は教会の張り紙でご確認ください。

       この張り紙は、1階受付付近、2階後方(記帳する机のあたり)にあります。

       


      令和二年7月 会長先生法話

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        会長法話 

         

        いま、自分にできることを

          

               庭野日鑛 立正佼成会会長

         

        菩 薩 と し て 何 を 願 い、 誓 う か

         

        「信心の母にしたがふ盆會かな」(飯田蛇笏)と詠まれる盂蘭盆の法要も、今月、家族そろって教会道場やお寺に参拝してとなると、それはまだ難しい情勢かもしれません。

         

         仏心とは、「一切衆生を救うの心」と教えられていますから、私たちは、いま世界中に広がっている病気によって苦しむ人たちに心を寄せ、事態が早く終息に向かうことを願うばかりです。一人ひりが、自分にできることは何かを考え、それを日々、粛々と実践していきたいと思います。

         

         それで思い起こされるのが、大地から忽然と涌き出て、この娑婆世界で仏の教えを弘め、実践をとおして「すべての人を救おう」と誓う無数の菩薩たちです。

         

         法華経の「従地涌出品」に登場するそれら「地涌の菩薩」の代表が、上行、無辺行、淨行、安立行の四菩薩ですが、これは、仏道を歩むものが最初に「仏さまのようになりたい」と願ったとき、つまり菩提心を発したときに誓う「四弘誓願」を象徴的に示しているものと受けとめられます。

         

         上行―――仏の道は無上であろうとも、必ず成就しよう(仏道無上誓願成)。無辺行―――仏の教えは無尽であろうとも、必ず学び尽くそう(法門無尽誓願学)。淨行―――煩悩の数は無数であろうとも、必ずすべてを断ち切ろう(煩悩無数誓願断)。安立行―――衆生の数は無辺であろうとも、必ず救い尽くそう(衆生無辺誓願度)。

         

         ただ、この四つの誓願のそれぞれを生活に重ね合わせて、日常どのように実践すればいいのかに迷う人もいそうです。仏教を易しく説かれた、禅宗の松原泰道師は、「四弘誓願」を実践的な人生訓として次のように表現しています。

         衆生無辺誓願度―――身近な人に奉仕(布施)をしよう。

         煩悩無数誓願断―――足もとのごみを一つ拾おう。

         法門無尽誓願学――― 一日に一つ、教えを学ぼう。

         仏道無上誓願成―――永遠の路を一歩一歩ゆっくり歩もう。

         

         みなさんはいま、仏道を歩む菩薩として何を願い、何を誓って、一日一日をすごしているでしょうか。

         

        い ま が「習 学」の チ ャ ン ス

         

        「四弘誓願」を参考にして、自分にいま何ができるかを考える人は、いうまでもなく仏の教えを信じ、実践する志のある人ですが、それは仏と同じ心になっているということです。「そういわれても」と、気後れする人があるかもしれませんが、教えにふれて「仏さまのようになりたい」という気持ちを起こしたとき、私たちはすでに、仏の心と一つになっているのです。

         

         仏と私たちは、「一体不二」といわれます。凡人も聖人も、その本質は一つという意味の「凡聖不二」という言葉もあります。私たちに仏の教えの尊さがわかるのは、その根っこにある「すべての人を救いたい」という尊い願いが自分にもあるからです。人間として命をいただいたということは、仏と同じものを具えているということ―――それを信じることが信仰であり、信心といえるでしょう。

         

         その意味で、いまはまさに、自分の信仰のありようをふり返り、日々の実践という「習学」の繰り返しをとおして、菩薩の自覚を高めるいい機会なのかもしれません。

         

         ところで、「従地涌出品」では、先の四菩薩のような人を、「衆生の見んと楽う所」、すなわち「すべての人がお目にかかりたいと渇望するような方々」だといいます。

         

         私にも、本会の先輩や他宗教の方のなかに、「またお目にかかりい」と思わせられる方がいますが、その方々に共通するのは、神仏などを尊び敬う心が強く、一方では苦しみや悲しみの底に沈む人を常に思いやる、情愛あふれるという点です。私たちも、そのような菩提心を発して、日々に精進をしてまいりましょう。

         

        ※「佼成」7月号   会長先生のご法話は、こちらで視聴できます。

         

        電子版

        https://www.kosei-kai.or.jp/kaichohowa/202007/#target/page_no=1 

         

        朗読版

        https://www.kosei-kai.or.jp/kaichohowa/podcast/rodoku202007.mp3

        ※7月4日(土)、10日(金)のご命日式典(ライブ中継)のお導師は順に、國富理事長さん、佐藤常務理事さんのご予定です。
         ライブ中継のアクセス先は前回と同じです。お楽しみにお待ちください。
         アクセス方法がわからない方は→
        こちら

         


        大聖堂インターネット・ライブ中継

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          「インターネット・ライブ中継のご案内」

           

           

           7月から、大聖堂ご命日式典の模様がインターネットでライブ中継されることになりました。withコロナの“新しい生活”のひとつとして、新たに始まります。ただ、スマートフォンやパソコンを利用することになりますので、ご覧になれない方のために、是非、支部のサンガ同士、ご家族で支え合ってご覧ください。

           

           71日は光弔気泙導師を務められ、ご挨拶されます。この模様は録画されますので、当日の夜でも、当日以外でも視聴が可能です。後日、文字でも読めるようになります。光弔気泙里話をじっくり味わってください。ご縁ある方にもお伝えくださると有難いです。

           

          ※アクセス方法

          立正佼成会ホームページ:https://www.kosei-kai.or.jp/guru_greeting/

          ⇒「大聖堂ご命日」⇒「7月1日光弔気沺⇒パスワード入力

          ⇒パスワードは支部長さんにお尋ねください(会員専用のためパスワードが必要です)

           

          ※7月4日、10日、15日のご命日式典もライブ中継されます。導師は順に、理事長さん、佐藤常務理事さん、そして光弔気泙予定されています。アクセス先は同じですので、お楽しみにお待ちください。

          令和2年 東教会長のことば(6月25日号)

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            6月25日号

             

            大阪教会のみなさま(*^^*)“ごきげんよう”

             

             7月・8月の予定をご覧いただけましたでしょうか。感染拡大に細心の注意を払って、教会をゆっくり再開して参ります。お楽しみにお待ちください。

             

             また、7月から、大聖堂ご命日式典の模様がインターネットでライブ中継されることになりました。光弔気泙監鎧佞里感〕棔△気蕕砲話をご自宅で味わっていただきたいと思います。「ライブ中継のご案内」を是非ご覧ください。

             

             さて、今月は「怠け心に負けない」とご法話をいただいて、ご一緒に精進して参りました。世界では感染が加速、日本では第二波が予測されています。withコロナとも言われる時代に、信仰者としてどうあればよいのかを、しっかり確認することが大切だと感じました。

             

             今から34年前、チェルノブイリで原発事故が起こり、世界中がパニックになりました。私が本部職員になりたての頃で、誰もがこの先どうなるのか、生きていけるのか…と思ったのです。この時、開祖さまの言葉が揺れる心をピタリと止めて下さいました。光弔気泙里潅書「開祖さまに倣いて」に、その言葉が紹介されています。「何も心配することはない。私たちは、ただひたすら、仏道精進をしていけばいいんだよ。仏道修行あるのみだよ」(同書p72)と励ましてくださったのです。

             

             私などはつい物事の表面にとらわれ、目の前に起こる現象にふり回されてしまいます。しかし、開祖さまの<常精進を>という励ましは、光弔気泙著書でかみしめて下さっていますが、「すべての出来事は、自分本来の仏性を輝かせるために必要で、(中略)有り難い『縁』ばかりなのです」(同書p74)と、まさしく信仰者のものの見方を教えてくださっていると思います。

             

             いま、会長先生も「迷いをふり払い、安らかな心で」常精進だよと励まして下さっています。そのように行動すれば「人の役に立ちたいと願いが湧いてきて、精進の一つ一つが喜びや楽しみに変わる」のです。それが、自らの仏性を輝かせる信仰人としての生き方だと確信しました。どうぞ、そのような生き方をめざして、ご一緒に精進して参りたいと思います。

             

             今月も一カ月、誠にありがとうございました。  合掌

             

            ※次回7月1日は、「佼成」7月号の『ご法話』を全文掲載してご紹介します。是非、インターネットのライブ中継もお楽しください。

             


            令和二年7月〜8月 大阪教会主要行事

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              新型コロナウイルスの感染流行は続いているため、細心の注意を払いながら徐々に再開いたします。

              感染が再拡大するような場合は、緊急に閉鎖・自粛などの対応をさせていただきます。

               

              7月15 (水) までの間、館内を安心安全にご利用いただけるように消毒や整備をさせていただきます。

              その後、月18日(土)からは、午前10時〜午後1時の間、開館いたします

               

              ★なお、当面の間、再開の見込みがない行事

              ○感染予防のために、以下のご命日やお当番等はしばらく休止いたします。(全国共通です)

              ・大規模集会行事(教団行事、ご命日、各種行事)

              ・戒名当番、道場当番修行

              ・宿直当番修行

               

              ○教会での教育は中止となります

               

              ネットを活用したライブ中継(録画もあり)が始まります。ご自宅で式典をご覧ください

              ・7月1日(水)「朔日参り」、15日(水)盂蘭盆会」ご供養…光弔気泙瞭鎧奸Δ言葉

              ・7月4日(土)、10日(金)ご命日ご供養…本部役職者の導師・ご挨拶

              ・8月10日(月)大阪教会「盂蘭盆会」…教会からライブ配信を行う予定です。

               

              本部の式典は、いずれも教団ホームページで見ることができます。

              ○7月、8月の休館日程

               

               

               

               

               

              ★教会が再開する7月18日(土)からは、以下の〈ご利用上のお願い〉をご覧のうえ、お越しください。

               

              〈ご利用上のお願い〉

              ○引き続き多くの方が集まる活動を避けるため、個人でご自由に参拝下さい。

              ・ご入館の際は、マスク着用・手指消毒・検温にご協力ください

              ・玄関ホールでは除菌マットで靴底の埃を取り、法座席にはマイ靴袋をご持参ください

              ・ご参拝の際は記帳をお願いします。大阪コロナ追跡システムの登録もできます

               

               

               

               

              ○聖壇は、開館時間の午前10時から午後1時まで開けております。(教会幹部2名が護持しています)

              ・法座席ではマスク着用の上、静かなご参拝にご協力ください

              ・「佼成」8月・9月号はご自由にお持ちください(仕分けして地区にお配りしません)

               

               


              令和2年 東教会長のことば(6月15日号)

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                615日号

                 

                大阪教会のみなさま(*^^*)“ごきげんよう”

                 

                 全国教会の閉鎖を解除する15日を迎えました。まずもって皆さまのご尽力に感謝を申し上げます。今日をご一緒に元気で迎えることができました。誠にありがとうございます。

                 

                 今後の予定は本部の指導に沿いますが、感染がまだ続いていることを念頭に置いて、まず、皆さまが安心安全に布教や教会での活動ができるように、これから1カ月をかけて消毒など館内や道場の整備を致します。皆さまには、地区のつながりを深められますようご準備をお願いします。整備の様子は、順次ご報告致します。どうぞお楽しみにしてください(*^^*)

                 

                 さて、今月は、“どんな人間になりたくて信仰していますか”“なにを目標に精進をしていますか”―と会長先生が「佼成」6月号のご法話を通じて、いまの私たちをご心配くださり、応援くださっているとお話ししました。さあ、“どんな”“なにを”があきらかになってきましたか?

                 

                 私自身の三カ月間を振り返ってみますと……もしサンガがいなければ、私はただただ感染を恐れて警戒して、さまざまなことに辛抱するだけで、きっとそのような思いからかけ離れた生活していたのではないか思います。でも、私にはサンガがいて、サンガと触れ合ったお陰様で、いのちの尊さや生きていることにあらためて感謝できました。また、心配してくださる方々の温かな思いに触れて“やさしさ”を取り戻そうと思い直すこともしばしばでした。

                 

                 毎朝、読経供養のたびに読み上げた、次代会長の祈りの言葉にも励まされました。「私たち仏教徒は…病の平癒のために、いのちを守るために献身されている皆さまのため、そして不安や苛立ち、不寛容な心でいっぱいになっている人々のために、自らを省みつつ、祈りを捧げます。予想外の在宅勤務を不便だと感じた時、危険の中にいる人のために祈ることができますように……」と、人を思うことが人間の強さだと感じるようになりました。

                 

                 そして、皆さまからお預かりした先祖代々をはじめ新仏、彼岸供養の数万を超す諸精霊。三部経を読誦し、ご先祖のお戒名を読み上げることで皆さんの健康祈願ができたことも、私自身の“生きる”励みにもなりました。開祖さまは、「人を思いやれる心情は、自他のほんとうの幸せを生み出します」と話されたことがありました。もう一度、私自身の“どんな”“なにを”を、しっかりと心に刻んでいきたいと思います。 合 掌

                 

                620日に「7月、8月の予定」を掲載致します。

                 


                令和2年 東教会長のことば(6月5日号)

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                  65日号

                   

                  大阪教会のみなさま (*^^*)“ごきげんよう”

                   

                   新型コロナの感染拡大を避けるために、全教会を閉鎖して1カ月以上が経ちました。今月15日に教団として解除する前に、國富理事長がご挨拶されました。教団サイトで是非ご覧下さい。(リンクを表記、⇒大聖堂ご命日導師挨拶⇒6月1

                   

                   気がつくと早や6月。一年の折り返し時期を迎えます。

                  この半年間、誰しも生老病死という“四苦”を考えない日はなかったと思います。今後は“withコロナ”を念頭に、注意を払いながら元気に暮らしていくという気持ちが大切です。

                   

                   「佼成」6月号のご法話が、そんな私たちを後押し下さっています。題名は『怠け心に負けない』です。最初、勝手に「コロナに負けるな」と読んでしまいました。ところが一行一行に触れていきますと、むしろこれから積極的に生きていくための応援歌だとわかり、雀躍したくなりました。

                   

                   四苦が示す通り、私たちは“苦を苦にして”、苦労な人生を送りがちです。そうならぬようにと、お釈迦さまは「迷いをふり払い、安らかな心で、みずから楽(ねが)って、喜びのうちに精進できるように」と、精魂込めて教えを説いて下さいました。その教えを私たちは既に手にしています。あとは、どんな人間になりたいかです。

                   

                   ご法話は、“どんな人間になりたくて信仰していますか”“なにを目標に精進をしていますか”―と親身にお話し下さっているのではないかと感じたのです。

                   

                   では、この“どんな”“なにを”があきらかになっていますでしょうか?  実は、それをあきらかにしてくれるのが、“苦を苦にして”悩んでいる人に、教えを伝えようと心を砕くことです―とも説いて下さっています。

                   

                   “withコロナ”の生活は人間を変えると言われています。如説修行(仏さまの説かれた通りに精進する)を怠らず、さらに生きがいある人生を元気に送って参りたいと思います。

                   

                  “どんな”“なにを”を求めて、

                   一カ月をご一緒に精進して参りましょう。     合掌

                   

                  ※次回は615日に更新致します


                  令和二年6月 会長先生法話

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                    会長法話 

                     

                    怠け心に負けない

                     

                        庭野日鑛 立正佼成会会長

                     

                    精 進 が 大 事 と 知 り な が ら

                     

                     昔の流行歌に、「わかっちゃいるけど やめられねぇ」という一節がありました。おもしろおかしい表現ながら、私たちの心のはたらきをみごとにあらわしています。

                     

                     現に私たちは、ともすると、なすべきことを怠ったり、しないと決めたことを、ついしてしまったりします。お互いさま、「わかっちゃいるけど……」と、反省することが少なくないのではないでしょうか。

                     

                     ところで仏教では、「常精進」が大事と教えます。また、儒教などの聖賢の教えでも、常に学び、身を修める努力をつづけることの大切さが説かれます。それは、人間の心の成長に「これでいい」という終わりがないからでしょう。

                     

                     一般に仏道は、「この上なくすぐれた道」という意味で、「無上道」といいます。ただ、私はこの言葉の意味も「たとえ悟ったと思っても、そこがこの道の終点ではない。智慧に目ざめる可能性に、際限はないのだ」と受けとめるほうが、向上をめざす活力が湧いてくるように思うのです。

                     

                     だからこそ常精進が大切なのですが、私たちはつい「少しくらいサボっても」といった思いに負けてしまいます。

                     

                     「嬾惰の意 及び懈怠の想を除き 諸の憂悩を離れて 慈心をもって法を説け」とは、法華経「安楽行品」の一節です。だれもが抱く、サボりたいとか飽きたという気持ちを釈尊もよく理解されていたのでしょう、「心の内から湧いてくるさまざまな誘惑や迷いをふり払い、安らかな心で、みずから楽って、喜びのうちに精進できるように」と、釈尊は私たちにこの品を説いてくださったのだと思います。

                     

                    待 っ て い る 人 が い る

                     

                    「学んで時に之を習う。また説ばしからずや」。孔子の言葉です。子どもが大人を見て「あのようになりたい」と思い、その真似を繰り返すように、目標をもって学び習うとき、それが楽しくて仕方なくなるという意味です。

                     

                     このことは、信仰の世界にもいえます。「笑顔を心がけよう」「感謝を忘れない」……など、なんであれ、日々の目標や信仰の目的が自覚できれば、あとはその思い(心)を貫くための精進を繰り返す(習う)だけです。それが「習慣」となって身につくことで、喜びはさらに増します。

                     

                     そう考えると、自分がなぜ信仰しているのか、なんのために日々精進するのかという、目標や目的をつかむことが、喜びのうちに精進する基本となるのでしょう。 

                     

                     しかし、それがわかっていてもなお、内心の誘惑に負けてしまうのが人間です。ただ、迷うのも楽をしたいと思うのも自然なことで、ときには心の逃げ場も必要だと思います。そのとき、目的や目標を忘れなければいいのです。

                     

                     また、たとえば読経供養にしても、サンガ(同信の仲間)の集まりにしても、決めたことだからといって、無理をすることがいいとは思えません。体調がすぐれなかったり、忙しかったりして疲れたら、休んでいいのです。精進をつづけるためにも、無理は禁物だということです。

                     

                    「安楽行品」には、「一切を慈悲して 懈怠の心を生ぜざれ」ともあります。人を思う気持ちが盛んなときは、飽きたり怠けたりする心が生まれないというのです。どれほど疲れていても、わが子のために労を惜しまない母親の姿が思い起こされますが、それはつまり、「自分を待っていてくれる人がいる」と思うとき、人は自己中心の思いから離れ、その人の役に立ちたいという願いが湧いてきて、精進の一つ一つが喜びや楽しみに変わるということでしょう。

                     

                     日本だけでなく、世界がさまざまな困難に見舞われています。「慈心をもって法を説け」とありましたが、みなさんのまわりには、あなたを待っている人はいませんか。

                     

                    「佼成」6月号   会長先生のご法話は、こちらで視聴できます。

                     

                    電子版

                    https://www.kosei-kai.or.jp/kaichohowa/202006/#target/page_no=1

                     

                    朗読版

                    https://www.kosei-kai.or.jp/kaichohowa/podcast/rodoku202006.mp3 

                    なお、次回は6月5日に更新いたします。


                    令和二年6月 大阪教会主要行事

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                      ※新型コロナウィルス対応について

                      基本的に多くの方々が集まる活動を避けることになります。

                      〇ご命日:6/1//10/15

                           集会日とせず、休館日扱い

                      〇その他の日も、休館日扱いとなります。

                      〇教会での教育は中止となります。



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